サイトでの小話の収納場所です。企画と平行してUPしていきます。
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「……やっぱ、魔界でも冬は寒いんだよな」
当たり前だけどな、と溜息をついて、清麿は空を見上げた。
鉛色の曇天はずしりと圧し掛かるような暗さで、透明な雫を幾重にも落としてくる。その量は意外と多いもので、小雨と言えるような物ではなく、清麿にとってはスコールと言ってもおかしくはない物に見えた。
「……いつ止むかな」
溜息を吐いて、清麿は足元を見る。
石畳の上を勢いよく跳ねる雨が、靴に掛かる。幾らなんでもこのままだと、靴が危ない。あわてて一歩下がって、突き当たった壁に背中を合わせると、清麿はよわり顔で首を傾げた。
―全く、うかつとしかいいようがない。
自分一人ですぐ終わるような用事だったからと、天候も気にせずに城を出たのがいけなかった。
しかもすぐ終わると思っていた用事は意外に長くなり、終って帰ろうとしている時にはもう雨が降り始めていて。
結局酷くなって、この石倉の軒下に避難するしかなかったのである。
「……まあ、城の中だからいいけどさ。……しっかし、いつ止むんだこの雨」
狭く雨避けには適さない軒下。そこからそっと手を伸ばして雨を取ってみる。
空からの雫は手に細かな刺激を残して、あっと言う間に「水」となって地面へ落ちていった。……これは相当酷い。
雲の動きはなく、風が吹く気配もない。
このままでは、いつ帰れるか分からなかった。
「……いっそ濡鼠になって帰るってのもあるが……」
しかし、そんな事をすると水で後々大変なことになるし、なによりこの正装が台無しに成ってしまう。
一応高級品なのだ。汚したり濡らしてしまっては、修繕に大分時間と経費が掛かる。それだけは避けたかった。
「俺の不注意で税金を無駄遣いする訳にはいかん……」
庶民気質な清麿にとっては、税金がどれほど大変なお金かを充分出来るほど理解していたので、余計に行動に歯止めが掛かってしまっているのである。
しかし、これでは帰れそうにない。
どうしたものか。
途方に暮れて溜息を吐くと、息は白く空へと消えていった。
きんと冷える空気は、頬をぴりぴりと刺激して、下がる一方の温度は体を震わせた。
「……これで雪だったら、最高だったんだけどなぁ……」
呟きながら、手を擦り合わせる。
息を吐きかけた手は、少しだけ湿ったがやはり温まるには至らなくて。
出そうになった溜息を呑み込んで、清麿はふと思い出した。
「そう言えば、前にもこんな事あったよな」
そう。
自分達がまだ人間界に居た頃。
清麿は不意の雨で帰れなくなって、同じようにこうして学校の玄関で寒さに耐えていたのだ。
あの時の寒さとこの寒さは、似ているかもしれない。
「そうそう。んで、あの時も夜まで帰れねぇのかなって、ちょっと困ってたんだっけ。」
そして、ずっと雨を見ていたら。
「…………」
見ていたら。
「……あ」
青い色の大きな傘を掲げて、ゆっくりゆっくり、誰かがコチラに歩いてくるのだ。
その傘は、青空を写したように鮮やかな色で。灰色の冬の世界に一滴、夏が紛れ込んだように綺麗で。
その傘の隙間から覗く
「金色……」
そう。
金色の髪。
ソレはまるで、太陽のようだと、思えたのだ。
「きーよーまーろっ」
傘は軽快な声を発して、水溜りを羽のように飛び越しながら、軒下へとやって来た。
「あ……」
「なかなか帰って来ぬから、心配して探しに来たのだ」
傾いて、その中から現れたのは。
「ガッシュ」
「全く、清麿は肝心な所で抜けておるの!」
己を呼んだ清麿に、ガッシュは花のような笑みを見せると、清麿の髪に落ちていた雫を払った。
「なんで……ここが?」
少し驚いたように聞けば、ガッシュは白い息を吐いて笑う。
「分からぬと思うてか。私は清麿のパートナーだぞ?」
自信満々で、そうやってどん、と自分の胸を押すガッシュ。
暫しその様子を見ていたが、清麿ははっとわれを取り戻して、柳眉を逆立てた。
「お前な……執務はどうした執務は!」
「ヌ……いや、その……」
すぐに困り顔に変わる相手。またサボってきたのだと確信して、清麿は思い切り怒鳴ろうかと考えたが……やめた。
「……ま、いいよ。……俺が傘持って来なかったのが悪いんだし」
それに、こうやって迎えに来てもらう事は、嫌な事ではなかった。口が裂けても、こんなことは言えそうにはないが。
どこか満足げな表情を浮かべている清麿の心を推し量ると、ガッシュは何も言わずに微笑んだ。
「……帰ろう、清麿。みんなが待ってるのだ」
言って、傘を開いて、中へ呼ぶ。
その仕草がキザ過ぎて一瞬くらりと来たが、我慢して清麿は突っ込みを入れた。
「ガッシュ、もう一つの傘は?」
「ウヌ? 必要なかろう。」
「なんでだよ」
「愛し合うものは相合傘! 鉄則なのだっ」
そう言って、握り拳を作るガッシュ。真剣すぎて、殴る気力もなくさせる。いや、その言葉こそが、清麿の怒りを静めたのだろうか。
「……ま、いっか。」
呟いて大人しく傘に入る清麿に、ガッシュは驚き、しかしそれでも嬉しいのか頬を仄かに昂奮に染めながら、問いかけてきた。
「き、清麿? 何だか今日は…静かだのう」
「…………さあな」
些かムカつく言葉だったが、あえて流すことにした。
「行こうぞ」
肩に回された手にじとりと視線を向けて、清麿はそれからそのままの目でガッシュを見据えて、ぼそりと命令した。
「帰ったら執務再開な。三倍速で。」
「ヌ……ヌォオオオオ!!」
清麿の突き刺さる一言に、ガッシュは頭を抱え、反対に清麿は思い切り笑ったのだった。
肩を抱く相手の手が、暖かい。
体は既に震えなくなり、手だってとても暖かくなっていた。
(……あの時も、こんな感じだったな)
傘の隙間から覗いた、金色の髪。
大きさこそ違ったけれど、それは紛れもなく同じ人物で。
清麿に笑いかけて、「一緒に帰ろう」と小さな傘だけを持ってきてくれた。
その時も、相合傘をして。
こうやって、一緒に歩いて。
(……まだ暫く、止まなくてもいいかもな)
その時から変わらない互いの心は、今しっかりと結びついていて。
憎まれ口を叩いても、相手が大きくなっても、途切れることはなく。
(冬の雨も、いいかもな)
いつのまにか、雨は小雨になり、ささやかな音を傘に落として。
遥か昔の思い出を優しげに見つめ、清麿はそっと相手の肩に頭を寄せたのだった。
(2007/01/27)
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「清麿」
何度、この名を呼んだだろうか。
「……ゼオン」
夕景の広がる世界。総てが紅に染まり、光でさえも橙になるその世界を、清麿はずっと眺めていた。
テラスから見えるのは、山脈と空のみ。
ずっと見続けてきたその世界を、ずっと彼は眺めている。
そして、自分もそんな清麿を、ずっと見ていた。
何時からこうしていただろうか。
気がつけば、清麿を探していて、ここで見つけて、こちらに気付いてくれるまで、ずっと待っていた。
何故、声をかけなかったか。
解りきったことだった。
「……やなとこ、見せちまったな」
そう言って、頬を、目を拭う清麿。
振り向いた瞬間のその顔は、今にも決壊しそうな感情を抱えて、幾重のもの光の筋を頬に伝わせた、子供のような顔だった。
――泣いていたのだ。
「いや、構うな。俺が勝手にお前を見つけただけだ」
ゼオンがそう言えば、相手は強がりの言葉を返して笑う。
「構うなって……構わねぇほうがおかしいよ。大人にもなって、こんなに泣くなんて……恥しいったらないよな」
無理に笑う顔が、心に痛い。
解っていた。相手が、無理に笑っているのだと。だから、余計に胸が締め付けられるようだった。
近付いて、清麿の頬にそっと手をやる。
清麿は突然の行動に驚いていたが、拒絶はしなかった。そしてそのまま、自分のなすがままにさせている。
それが、もっと胸の痛みを強くさせた。
「……構うな。泣いて当然だ。…………『ガッシュが遠征で負傷した』なんて知らせを聞けば、不安でたまらなくなる」
いつも一緒に居た。平和な時間に、傷なんて一つも無かった。だから、降って湧いたこの戦争で誰かが負傷するのが、愛しい者が手の届かない所で傷つくのが、耐えられなかった。
逢えない距離が、一層不安を増す。
心を弱くする。
ゼオンも、それは理解している。だから、今の弱い清麿を怒鳴る気になどなれなかった。
(……いや、違う)
怒鳴れない、のだ。
「怖い……怖いんだ……誰かが死んでいく、誰かが怪我をする……ガッシュが……ガッシュが死んでしまうかもしれない……もう、もうここには……戻って来ないかも知れないって考えたら……!」
知性に満ちた顔が歪む。
いつも背伸びをして、年齢以上の姿勢を保ち続けていた彼の仮面が、割れた。
途端に悲しげに柳眉を顰め、涙を湛えた瞳が現れる。口はどうにかしてこの感情を押し殺そうと歯を食い縛っていた。
「…………」
「ゼオン、ゼオン……! 絶対、ぜったい…………ガッシュは、帰って……くるよな?」
子供のように、目を瞑って涙をやり過ごそうとするその顔が、甚く悲しい。
気を張り続けて、城を守り続けていた清麿の我慢は、はち切れてしまったのだろう。
だから、自分に
自分にだけ、感情をぶつけた。
「……清麿」
手が勝手に動く。
衝動は感情を越え、心臓は高鳴っていた。
両腕は空を遮って、清麿の細い体を掻き抱く。僅か数秒の間に奔出した気持ちが、清麿を強く抱き締めていた。
「ぜ、お……」
「帰ってくる。……帰って……来る」
だから、泣くな。
呟いたその言葉は、感情の枷を壊した。
「……っ」
胸に染み込んで来るその熱と、涙が、体を熱くした。嗚咽を上げるその子供らしい泣き方が、心を揺さぶった。
自分にだけ見せる、その感情が、とても愛しかった。
けれど。
(……清麿は、ガッシュを愛している)
解りきっていたことだった。
……清麿は、ガッシュの為に泣いている。ガッシュの為に頑張っている。総て、彼の愛している王の為に……行っている行動だった。
だから、今までずっと頑張っていたのだ。
けれども。けれども、どうしても、感情を抑えることなど出来なかった。
愛しいものを抱く手に、力が入る。
肩を震わせる人が、己よりも脆弱な存在だと思い知るたび、愛しいと言う気持ちは増していった。
だが。結局、この人は。
(……ガッシュの物だ)
感情が壊れるほど愛しているのに、強く抱くほど思っているのに、この気持ちは届くことは無い。
これほど思っているのに、自分は所詮仲間でしか無い。
気持ちを抱えれば抱えるほど、辛いのは解っていた。けれど、我慢できなかった。
それほど
清麿を、好きになっていたから。
「清麿……」
抱き締めるその体は、自分よりも小さい。
胸に縋りつく姿は、自分よりも大人だという事を忘れてしまいそうで。
ずっとこうして、清麿の本当の姿を見続けたゼオンにとっては、その総てが本当に愛おしいものだった。
声が、掠れる。
壊れるほどの思いが詰まった呼びかけには、誰も答えはしない。
けれども、呼ばずにはいられなかった。
「ガッ…シュ……ガッシュ……!!」
相手が呼ぶ名は自分のものじゃない。
ずっと、ずっと、こんなにも想っているのに、この気持ちが届くことは、叶う事は、絶対に無い。
誰よりも、清麿のことを知っているのに。
(……ずっと……こうしていられたら……)
その願いも、叶う事は無い。
解っていながらも、そう願うことを止められなかった。
ずっと思い続けている。
ずっと、支え続ける。
愛しているから。
本当の姿を、知っているから。
笑っている彼を見るのが、一番好きだから。
だから、
苦しくても、辛くても
このままで、いい。
何度でも
名を、呼び続けるから
もう少しだけ
このままで、いさせて下さい。
(2007/03/05)
夜の帳は落ち、既に灯りは星。月も顔を出す事は無いこの晩は、彼らにとっては神に感謝すべき夜だった。
「ハァッ……ハァ、ハァ……ゼオン、俺達……どこまで走ってきたんだろうな?」
息を切らせながら、清麿は草の上に座りこんだ。辺りは鬱蒼と茂る木々の壁。遠くに見える町明かりは、星の光のように小さかった。
その光景を見ながら、振り返る。
そこには、微かな星明りに光る美しい銀色の髪を靡かせた、神官が立っていた。
「……他の街へ行く街道の分岐点だ。まだ町は近い。疲れたのか?」
いいながら片眉を上げる相手に、清麿はムッとした顔を披露する。
態度からしてコチラを嘲笑っているのが見え見えだ。
「……ンなこと……ある訳、ねぇだろっ!!」
コチラよりも年下だと言うのに、ゼオンは自分より背も態度も大きい。いや、大きすぎる。
清麿はそう思いながら、憮然とした顔を隠しもせずに立ち上がった。息は切れているが、限界ではない。
睨みつけてくる清麿を見て笑うと、ゼオンはとある方向を向いた。
「明日までに境を越えるぞ。ここからなら、すぐに他へ逃げられる」
少ない荷物を背負いなおし、こちらに冴えた紫の瞳を向けるゼオン。
それを暫し見やって、清麿は歩き出そうとした。が。
「痛ッ……!」
異常なほど痛んだ足に、バランスをとられて倒れこむ。一瞬何が起こったか解らなかったが、左足がズキズキと痛んでいることに気付いた。多分、神殿の壁を飛んだ時に、足をどうかしたのだろう。目を見開いた清麿に、ゼオンは屈みこむ。
「どうした」
覗き込んでくる相手に、清麿は一瞬全てを話そうとしたが、それをやめて立ち上がろうと首を振った。
「い、いや……何でもない。……それより、先を……っぅ……!」
起き上がれる、と思ったら、また足が痛み転んでしまう。疼痛とも鈍痛ともつかないそれは、清麿の足を腫上がらせて己を象徴していた。それを見つけて、ゼオンはふう、と息を漏らす。
「足を痛めたか。……何故、先に言わん」
どうせまた、ちくちくと嫌味を言われる。そう思ったが、逃げられる足もないので、清麿は眉を顰め弁解した。
「気付かなかったんだ。必死に走っていたから。……平気だ、まだ歩ける」
いいながら立ち上がる清麿。また何か嫌味を言われるのは御免だった。
しかし、ゼオンはそんな清麿をみやり。
「お前は、本当にあの聡明な神子か?」
呆れたようにいいながら、清麿の腰をぐっと掴んで、引き寄せた。
「!! なっ……何を……」
と言う間に、清麿はなぜかゼオンに背負われていた。勿論、荷物は清麿の背中に移動している。驚いてゼオンを見ようとするが、背中からでは横顔ぐらいしか見えなかった。
「あのまま歩かれても迷惑だ。こんな足では明日境を越えられるかも怪しいからな。それに、悪化しても今の俺には治癒術は使えん」
そう勝手に言い放って、ゼオンはまた走り始めた。
軽快な風が頬を撫でていく。その心地を味わいながら、清麿は少しだけ怒ったような顔をして……表情を和らげた。
「…………すまん」
体を預ける広い背中。暖かいその温度に酔いながら、清麿は深く体を寄せた。
ゼオンはそんな清麿の心を読み取っているかのように、ぼそりと呟く。
「……後悔は、してないか」
「え?」
不意に問いかけられた言葉に、清麿は目を見開いた。
「……俺と逃げて、本当に、後悔はしていないのか」
背中から伝わる鼓動が、早くなっているのが解る。
ゼオンは、隠しているのだ。自分の思いや、感情を。
――清麿はその思いを読み取るようにして、頬を背中へと押し当てた。
「……後悔、してないよ。……俺はお前と居たいから……お前と生きたいから、逃げたんだ。あんな牢獄から……だから……後悔なんて…………してない」
熱が頬に伝わる。熱くなった体を、冷たい風が冷やしていく。それはとても気持ちが良くて。
いつの間にか、目にまで伝わった熱が、溢れ出そうになっていた。
けれど、それを拭うことはできず。
ただただ、清麿は相手の背を抱きしめた。
「……そうか」
ゼオンは、それだけしか言わない。
けれども、相手がどう思っているのか、どう清麿を想っているのか、それはきちんと心に届いていた。
世界の知恵を知り、神の力を貰い受け、その賢さ故に国の『物』と成り果て朽ちてゆく筈だったこの身体。
閉ざされた空間で、ずっと一人で生きていくのだと思っていた、人生。
それを、ゼオンは変えてくれた。
人も、希望さえも信じられなくなっていたこの心を紡ぎ直してくれたのは、誰でもない。ゼオンだった。
だから。
「お前が……好きだ……」
目から溢れる涙という熱。己の腕にそれを染み込ませ、ただひたすら震える喉で、そう呟いた。
これが、この思いが、この行動が、どれ程愚かで罪深いものか解っている。運命を捻じ曲げた事が、どれほど大変なことか、理解していた。けれども、ゼオンを好きにならずには……居られなかった。
「お前を連れ去ったのは、俺だ。今なら、俺だけが逃げてお前をココへ置いておけば、双方繋がりは切れる。お前は罪を問われもしない」
清麿を背負うその腕に力が入るのが解った。
涙で霞んだ視界に見えたゼオンの横顔は、とても辛そうに映る。
「ゼオ……ン」
「だがな」
そういい、ゼオンは足を止めた。
風が止む。
「……?」
不安げに眉を寄せた清麿を降ろし、ゼオンは腰を屈めて、清麿の頬に手を触れた。その熱さに清麿は目を見開き、ゼオンを瞳に映す。
総ての時が、止まっていた。
「俺は、それを、行うようなことは出来ん」
呟いて、その体は清麿に向かって傾いだ。
その腕は再び清麿を抱き締め、体を包む。そしてそのまま、ゼオンは清麿の唇に、自分のそれを乱暴に押し当てた。
熱く、らしくもない熱情を込めた、キス。
語られぬ思いを再び注がれる思いで、清麿は強く抱きしめられた腕に答えるように、ゼオンを抱き締め返した。
「お前が他の者に奪われたら、そいつを八つ裂きにしてやる……お前が余人に触れられたら、そいつを殺してやる…………一生、誰にも渡さん。だから……絶対に、お前を離したりはしない」
言い、噛み付くように首筋に口付けた。
その熱も、思いも、染み込んでくるようで。いやと言うほど清麿を思っている事が伝わってきて。
清麿はなすがままになりながら、ずっと、星空を眺めて泣いているしかなかった。
「ゼオン……」
呼ぶ名は、かつて神官だった者。
「……清麿」
呼ぶ名は、かつて神子だった者。
だが、もう、今は「かつて」のことなど関係ない。
進むのだ。必ず、ここから出て行くのだ。
もう、二度と離れ離れにならないように。
二人で、必ず幸せになる為に。
「ゼオン……二人で、ずっと二人で居られる場所に、行こう。絶対に、二人で」
「……ああ」
互いに繋がった思い。熱を分け合う、その身体と心。
籠という名の場所を逃げ出して望むのは、引き離されることの無い場所。
幸せになれる、場所。
だから、絶対に、逃げ切る。離れたりはしない。
清麿の目にゆらゆらと映る町明かり。
それはずっと、清麿の瞳に灯っていた。
(2007/03/18)
link for : 03/24story
それは、言葉にならないほどの眩さ。
夜がもうすぐ明ける。
薄っすらと光に染める空を見上げ、ゼオンは目を細めた。
「……夜が明けるな」
声量を落とした密やかな声でそう呟き、今度は己の胡坐を掻いた足を見る。
片方に一つ、頭が乗っていた。
だが、それは勝手に載せられたものではなく、自分が勝手に置いたもの。不平も何も無い吐息を漏らし、ゼオンはその頭をそっと動かした。
「…………」
角度を変えると途端に現れる、子供のような可愛らしい寝顔の少年。
ゼオンはその姿を見やり、口のみを優しく歪ませた。
「……よく、寝ている」
優しい声で呟いて思い出すのは、この少年が神殿に閉じ込められていたあの時のこと。
――あの時は、彼は夜番で就いていたゼオンを睨みながら、ずっと眠らずにいた。
自分以外の総ては敵だとでもいうように、全てを睨みつけ、警戒し、決して弱さを見せなかった。
最初はそんな態度の少年――清麿には良い思いを抱かなかったが、今となるとその考えは何とも愚かなものだったと思える。
「そうでなければ、連れて逃げはしない」
大きな掌でその漆黒の髪を梳けば、それはすぐに指の間から滑り落ちる。柔らかく心地良いその感覚に目を細めて、ゼオンはただ、安らかに眠る清麿を眺めていた。
彼の背負っている運命は、知っていた。
国の宝として一生を籠の中で過ごし、その力を国の為に使う「物」。
それが、彼の運命だった。
両親とも引き離され、その力のせいで捕らえられた清麿は、感情を無くし誰も信用しなかった。
けれど、それを最初から知っている訳ではなく。故にゼオンはずっと、清麿と大人げの無い喧嘩をしていた。
(今思えば、天邪鬼だったのかもしれんな)
一目見たときから、魅入られたかのように目を離せなかった、この姿。
凛々しくも何処か悲しげな、清麿。
どこか繋がる様な感覚がして、ずっと目が離せなかった。
だから、こんな風になったのかもしれない。
ゼオンはそう一区切りつけて、小さくなってしまった焚火を消した。
すえた臭いがして、白煙が控え目に現れて消える。
朝がやってくる独特の空気を少しだけ吸い込んで、ゼオンはまた空を見上げた。
(魅入られた……か。……まあ、それでも構わん。俺は今、一番”生きている”気がするからな)
愛しいと思う者を守り、その腕に掻き抱いて、夢へと走る。
今までの死んだような自分には見えなかった、今の景色の鮮やかな事。
それは、昔なら考えられないほどで。
総ては清麿と出逢ったからこそ、見れた景色だった。
(朝がこれほど待ち遠しいと思ったことは無いくらいだからな)
自分の心は、清麿のせいで大幅な模様替えをしてしまったらしい。
怒るどころか苦笑の沸くその事実に顔を歪めながら、ゼオンは大きく息を吐いた。
冷たい空気も、この空の色も、森が影から翠へ変わっていく景色も、皆総て美しい。
灰色の世界だと思っていた総てが、清麿によって、色のある世界へと塗り替えられていった。
「ん……ゼオ……ン?」
仄かに山の間から漏れる光に気付いたのか、寝ぼけ眼を擦りながら、清麿が目を覚ます。
その仕草が可愛らしいと思いつつも、口はお決まりのように別の言葉を放り投げていた。
「やっと起きたか。お前は寝坊が趣味らしいな」
言うと、相手が頬を紅潮させながら反論してくる。
「なっ……んなワケないだろ! っていうか、まだ早朝じゃないか、お前が早起きなだけだ!」
「お前が早く起きれば、その分距離を稼げたんだがな」
と、意地悪く言うと、口を尖らせて言葉に詰まる相手。
……これがあの凛々しい神子なのだから、堪らない。
しかし、そんな清麿だからこそ、ゼオンはかけがえが無いものだと思えたのだ。
相手が完全に目が覚めたのを見取って、立ち上がった。
「清麿、行くぞ……今日こそ、境を越える」
「お……おう」
慌てて立ち上がる麗しい神子に、ゼオンはまた憎まれ口を叩こうとして……
やめた。
「清麿」
「ん?」
ただ名前を呼ぶだけで、相手は寄り添い、こちらを見てくれる。
色をくれたその瞳が、自分を映す。
曙光が緩やかに昇り、清麿の頬を照らすのを見て――ゼオンは、言った。
「……必ず、越えるぞ」
思いの半分も言えていない、台詞。
本当に伝えたい気持ちに届かない、陳腐な言葉。
けれども、清麿は。
「……ああ、一緒に、絶対一緒にな」
陽光にも似たその笑顔を、自分にだけ、向けてくれた。
希望の曙光にも似た、眩いその笑顔。
色を取り戻してくれる、その眩い存在。
清麿がいるだけで、言葉にならないほどの想いが、愛しさが、新しい世界が、広がってくる。
もっと、好きになっていく。
「……行くぞ」
「ああ」
俺は、その存在を守る。
その存在と共に有る為に、ここにいる。
ゼオンは清麿の手を取ると、そのまま前を見て、歩き出したのだった。
(2007/03/24)
link for : 04/05story
俺の家に、一人の『野郎』がやって来た。
「清麿ー!」
時は夜半。空には月と星。風も無く静まり返ったその時間に、元気すぎる声が駆けて来た。
「……」
清麿はその声に顔を思いっきり歪めると、ベッドへ入り込んで扉に背を向ける。
これからやって来る者に、関わりたくなかったからだ。
眠たくも無いのに寝なければいけないと言うのも辛かったが、そうしなければもっと厄介な事になる。それを重々承知していた清麿は、そうするしかなかったのだ。
「清麿っ!」
声がして、ドアが勢いよく開けられる。
もうきやがったかと舌打しそうになったが、堪えて狸寝入りを決め込んだ。
「ウヌ? 清麿……寝ておるのか?」
声が近づいて来る。
自然と強張る体を何とかリラックスさせ、清麿はその声の主がさっさと自室を出て行ってくれる事を祈った。だが。
「…………」
(なんか、なんか近いって!! 息遣いめっちゃくちゃ聞こえてくんじゃねーかっ!!)
あろうことか、物凄ーく近くから、そりゃあもう、こちらが苦しくなるほどの呼吸を相手は響かせているのである。
何のかんの言う前に、キモイ、という単語しか清麿の頭の中には思い浮かばなくなる。
「清麿」
(ギャーッ!! 近い、近いってなにやってんだコイツ!!)
息が近づいてくる。ベッドが軋んで、後ろから何かがやってくるのが解る。
多分これは、多分……。
「きよま」
「近付くんじゃねぇええええ!!!」
頭が遂に考える事をやめたのか、それとも息遣いに切れてしまったのか、清麿は我慢できずに後ろに居た声の主を、殴り飛ばしてしまった。
「ヌォオオオオ!」
綺麗に放物線を描く鼻血を出しながら、扉の前まで吹っ飛んだのは……男。
しかも、まだ幼い少年……。
その姿を見て、清麿は角を生やした。
「ガァアアッシュ……人の寝込みを襲うたぁいい度胸じゃねぇか……」
蛇のような舌をちろちろと出しながら、般若の顔でそう言えば、相手は鼻血を出しながら何かを抱えてすぐに起き上がった。
「仕方なかろう! 清麿はいつまで経っても私を受け入れてくれぬでは無いかっ それでは秘儀が完成せぬのだ!」
金の髪を靡かせて、とんでもない事をいうガッシュに、清麿は眉を吊り上げた。
「そっちの都合で夜這いされて堪るかってんだ! 大体俺は女じゃねえんだぞコラァ!!」
「我らが『波夷羅一伝無双流・本尊歓喜法』は愛し合っている者同志が交わらねば始まらぬのだぞ! 私が他の女と交わってもなんの意味も無いのだ」
その台詞に頭がぐらりとする。
酔った、とかそういう事ではなく、ただ単に相手の言っている事があまりにこちらを無視しているので、眩暈が起きただけである。
清麿はそれでも負けずに、ガッシュを睨んだ。
「だからって迫ってくんなよ!!」
「仕方なかろう、十二神将の和平のためなのだ。私達が交わらぬと、永遠にわだかまりは解けないのだ」
そういいつつ、頬を染めるガッシュ。
ああ、なんともませている。
しかし、成りは小さくとも相手は「辰」の後継者。無理に迫ってくれば勝てないことは解っていた。けれど、絶対
絶っっ対、こんな子供(しかも男)とは性交したくなかった。
と、いうか、どうやってこんな子供を相手すればいいのだ。
「俺には関係ねぇ!」
「またまた~照れるでない、清麿! まあ、最初はまだ慣れぬだろうという事は解っておる。なので、コレを持ってきたのだ」
「……人の話を聞け……」
ガッシュは項垂れる清麿に構わず、持っていた謎の物体をコチラに見せ付けた。
力なくそれをみて、清麿は眉根を寄せる。
枕……枕では有るが、それには何か書いてあり、普通のものではないと解る。
合わなくなりそうになる目の焦点を合わせて、清麿はうんざりした声でつぶやいた。
「……YesNO枕か……」
そう。新婚さんがいらっしゃいされる番組で貰えるそれを、ガッシュはコチラへ掲げてきたのだ。
「いや、違うのだ!」
「……は?」
爽やかに否定されて、思わず疑問符が頭に浮かぶ。
その枕の何が違うのだと無言で問う清麿に、ガッシュは誇らしげに鼻を鳴らすと……
その枕を、裏返しにした。
そこには。
「これはYesNOではなく……
Yes OK 枕なのだ!!」
ああ、裏側にくっきりと、OKの文字が見える。
ハートの中に、OKと描かれている。
確かにNOではなく、YesOK枕だ。
間違いようは無い。
が。
「ガァアアアアアッシュ!! いい加減にしろーーーーッ!!!」
「な、何故怒るのだ清麿ーーーっ!!?」
そんなモン渡されてたまるか。
と言わんばかりに魔王へと変化した清麿に、ガッシュは目を飛び出させんばかりに驚きながら、そのまま――思いっきり拳骨を喰らったのだった。
これが、彼らの毎度の夜の出来事である。
(2007/03/27)
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