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サイトでの小話の収納場所です。企画と平行してUPしていきます。
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暖かな日々に一時の感謝を

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「清麿、お茶はまだかい」
「だああああ何で俺がお茶酌みしなきゃなんねぇんだよ!!」
「はっはっは! それは君がナゾナゾを答えられなかったからさ!」
「ぐああああああ畜生――――ッ!!」
この問答も、早数十回。
清麿は不満を前面に押し出した無愛想な顔で、紅茶を四苦八苦して淹れていた。
(くっそぉお……ここにガッシュがいたらザケルを食らわせてやるのに……)
事の始まりは、数時間前。いきなり家にやって来た目の前の憎たらしい老人、ことナゾナゾ博士は、呆気に取られた清麿に構わずナゾナゾを出題してきたのだ。
ここでもう意味が解らないが、どう説明してもこういうしか無いので仕方ない。
兎も角、そうしてナゾナゾを出題してきたナゾナゾ博士だったが、清麿には答える義理も人情もなかったので放っておこうとした。するとこの小憎らしい老人、こう言って来たのである。
『おやあ? 清麿はこんな簡単でおバカさんでも解けるような問題が解けないというのかね?』
――こう言われては黙っていられない。
いや、黙っているべきだった事は今本当に理解しているので、突っ込まないで欲しい。
悪いのは清麿の意地っ張りな性格である。
そうしてまんまと乗せられてしまった清麿は、結局の所その「簡単な問題」が解けずに、いつのまにか付けられていた罰ゲームに従ってナゾナゾ博士に茶を淹れている訳であるが。
(理不尽だ……理不尽すぎる……)
どう考えても、どうして自分がここで茶を淹れているのか理解出来ない。
可愛らしいティーカップの取っ手を引き抜きそうになりながら持ち上げる清麿を知ってか知らずか、ナゾナゾ博士はいつもの人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた顔で急かす。
「はーやーくー持ってきてくれないかーなーぁ? はっはっは!」
「あああああああ ムカつくぅぅうう!!」
折角町の景色が一望できる小高い丘にいるというのに、素晴しく気分は悪い。
それもこれも、どこから持ってきたのか知らないが高そうな白い椅子に座ってテーブルに肘を着いているあのムカつく老人のせいである。
清麿はもう少しで般若になりそうな顔を必死で抑えながら、零さないようにポットからカップに紅茶を注いだ。普段することのない行為なだけに、手が震えてすぐに零しそうになる。
服に染みを作らないように注意しながら、清麿はどうにか紅茶を淹れ切った。
「三時は過ぎているのに紅茶が遅いなあ。何故紅茶が来ないのだろうね? 清麿」
「解った解った今もって来る!」
この鬼の首を取ったかのようにおどけた声が気に食わない。
清麿は何だかんだ言いながら、きちんと紅茶に必要なものを揃えてからナゾナゾ博士に紅茶を出してやった。
相手は目の前に出された紅茶を短い時間じっと見ていたが、やがてカップを持ち上げて香りを吸い込む。
「うむ……香りはなかなかいい。清麿、巧く淹れたみたいだね?」
「え……」
言われて相手の顔を見ると、博士はいつもとは違う理知的な笑みで清麿を見つめていた。
何故かその顔に動悸が早くなって、言葉に頬が染まる。
本当に自分の淹れ方は上手だったのだろうか?
そう聞いてみたくて、だが言えるはずがなく目を逸らした清麿に、ナゾナゾ博士はにっこりと微笑んで……
また、あの小馬鹿にした顔に戻った。
「まあ香りがいいのは茶葉が元々いい物だからだがね! ブフーッ!」
清麿の心が一瞬で凍りつく。
……清麿の心の中で何かの糸が一本切れた音が響いた。
(殺す、後で絶対に殺す……)
丘に生える瑞々しい草を撫でる優しい風に髪を弄ばれながら、清麿は顔に影を作ってそう誓う。
ロケーションに合わなかろうが発言が不謹慎だろうが関係ない。とりあえず、清麿的には今のナゾナゾ博士は抹殺対象として認識されてしまったようだ。
背後から闇のオーラを漂わせながらナゾナゾ博士を睨みつける清麿に、ナゾナゾ博士は命の危機を感じたのか硬い笑みを漏らしながら冷や汗を垂らす。
「い、いやだなあ清麿……ちょっとしたおちゃっぴいじゃないか……お茶だけにブフゥー!」
言いながら、また噴出す博士。
清麿はその様を見ながら、顔が般若へと変貌していく様を自覚した。
もう止められない。というか、止めるなんて以ての外である。ここで怒らないとこの後またからかわれかねない。自分の心とそう結論を出した清麿は、一気に怒気を噴出させようとした、が。
「ま、まあまあまあ清麿! ほら、座って君もお茶を飲めばいいじゃないか!」
「じゃかあしいわ―――!!」
角の出始めた途中でそんな事を言われても許せる訳がない。
変貌し始めた清麿に慌てながらも、ナゾナゾ博士はしっかりカップを置くと机の下に隠れた。
「す、すまんすまん! ほんのジョークのつもりだったんだよ清麿ー!」
「ウルセェ絶対許さん! 出て来いこの野郎!!」
「ヒィイイイイイイ老人への暴力は格好悪いぞ清麿君ー!」
「先におちょくって来たのはそっちだろうがあああああ」
最早この事態を収拾出来る者は居ない。
風までも邪悪に渦巻き始め曇り始めた空を見ながら、ナゾナゾ博士は一頻り震えていたが――何を思ったのか、凄まじく震える手で懐に手を入れ何かを清麿へと差し出した。
般若、いや魔王、もとい清麿が、その差し出されたものを目に映す。
途端清麿の顔から恐ろしい表情が消え、全てはまた穏やかなものへと戻っていった。
……どうでもいいが、天候まで変えるというのはちょっと人間業ではない気がする。
「……」
そんな人間業ではない事をやる清麿は、暫しナゾナゾ博士の手を見つめていたが、やがて恐る恐るその手に掴まれている物を受け取って、首を傾げた。
「これって……本……だよな」
「はっはっ、それ以外に何に見えるんだい?」
そう嘯いて、ナゾナゾ博士は笑いながら立ち上がる。膝下に付いた草を手で丁寧に落としながら椅子に手をかける相手に、清麿は不可思議そうに眉を顰めながら本を見た。
立派な装丁に、分厚い中の紙束。表紙に書かれた題名は、どこかで見た事のあるようなものだった。だが、どこで見たのか思い出せない。首を捻る清麿に微笑みながら、博士はまた席に付いた。
「清麿、覚えていないのかい?」
「何を?」
すっかり怒りの収まってしまった清麿を見て、ナゾナゾ博士は苦笑した。
「これは……本当に覚えていないみたいだね。ほら、言っていたじゃないか……『その本が欲しい。でも、高くて手が出ない』って」
言いながらカップに口をつける博士を見て、ようやく清麿は自分の言った事を思い出した。
そういえば、少し前に博士と会った時に、軽い気持ちでそう話した事があったのだ。
だがそれは話の中の一つの話題に過ぎなかったし、清麿自身も思い出すのに時間が掛かるほど些細な台詞だったはずである。
驚きを隠さずにナゾナゾ博士を見やる清麿に、博士は優しく笑んだ。
「いつもこんな爺さんの冗談に付き合ってくれる君への、些細なプレゼントだよ」
和やかで暖かい光を含んだ瞳に見つめられて、今度は清麿が慌てて顔を歪めた。
「え、いや、でも、俺はそんなつもりで言ったんじゃ……」
「解っているさ。だから、私に付き合ってもらってる御礼として君にプレゼントしたんだ。気に入らなかったかね」
寂しそうな表情を作る相手に、思わず首を振る。
「ち、違う! そうじゃなくて、その……嬉しいけどさ」
「じゃあ受け取ってくれたまえ。私の気持ちのほんの一部だよ」
そこまで言われると流石に拒否することなど出来ず、清麿はぎこちなく頷いた。博士はそれに満足したのか、顔をまた笑んだ表情へと戻す。そうしてもう一度紅茶に口をつけた。
相手のそんな様子を見ながら、清麿はただ言葉が出なくて本をただぎゅっと抱き込んだ。
何故か目の前にいるはずの相手が遠くに見えて、何も言えなくなる。
そんな清麿の気持ちを笑うように、暖かく緩い風が二人の間を通りぬけた。その風が人工の音を奪って去ったのか、鳥の声と草のざわめき以外に何も聞こえなくなる。
沈黙が流れる短い時をいつもより長く感じて、清麿は顔を伏せた。
(…………「冗談に付き合ってくれてるお礼」……か……)
確かに自分は彼の冗談に付き合っている。清麿の家へ博士が訪れる度に、律儀に怒って反応して悶えたりもしていた。それは清麿にとっても大分迷惑なことであり、出来れば出逢いたくもない出来事ではあったのであるが。
(そう言われると……なんか、モヤモヤすんのは何でなんだろう……)
何故か、嫌だった筈なのに、お礼だって貰えるものなら貰いたいほど迷惑していたのに、博士からそう言われると何故か心に重い物が圧し掛かったようになるのだ。
何故だろうか。何故、自分はそう思うのだろうか。
考えて――清麿はあることに気が付いた。
……多分だが。できれば、認めたくはないが。
多分、自分は……
(「付き合ってくれる」っていわれるのが、悲しいんだ)
抱き締めた本の重さに、心まで苦しくなる。
そう、その言葉が心に鋭い棘を刺していた。
別に、好きで付き合っているわけではない。相手がちょっかいをかけてくるから、いつの間にか乗ってしまって、結局付き合っていることになっていのだ。けれど、それは決して嫌なことではなかった。
嫌々していることじゃ、なかったのだ。
だから、博士に「付き合ってくれるお礼」なんて言われてこんな高価な本を貰って悲しくなったのである。
「付き合ってくれる」なんて、これでは自分が嫌々博士の相手をしている事になるではないか。その上にこの言葉に添えてプレゼントなんてされるものだから、どうしてもこの本が「嫌々付き合ってやってるから、物をよこせ」とでも自分が示していたかのように思えた。
そう思われているのだろうということも容易に想像できて、一層悲しさは増す。
(別に……そんなんじゃないのに……)
決して、お礼目当ての為に付き合っているんじゃないのに。
そう言いたかったが、しかしそう言ってしまうと何故か何かが変わってしまうような気がして、どうしても清麿には口を開くことが出来なかった。
伝えたいのに、伝えられない。
これほどもどかしい思いをしているのに、相手には伝わらない。
焦燥と心苦しさと悲しさは胸に更に重石をかけて、気付けば拳は震えていた。
「……清麿?」
ようやく清麿の変化に気付いたのか、博士は不思議そうに目を瞬かせると顔を上げた。
優しい目が、自分を映す。
瞳の中にいた清麿は、顔を赤くして、ぐずる前の子供のように悲しみを押し込んだ顔をしていた。
「…………」
「どうして、そんな悲しい顔をしているんだい?」
大きな帽子の鍔が落とす影に負けず、瞳の中の光は閃く。
何もかもを知り、見透かしたような目に見入られて――――清麿は、やっと口を開いた。
「俺、は…………こんな……」
「こんな?」
震える声に乗せられた言葉を復唱されて、また熱が上がる。
震えた拳で握り締めた本をまた強く握り、清麿は続けた。
「こんな本のために……あんたに……ったんじゃない」
「……?」
何もかもを知っていると言っていたはずなのに、清麿の途切れた言葉は解らないのかナゾナゾ博士は眉を寄せた。伝わらなかった事に、また頬が赤くなる。目頭が熱くなって、眉は顰めっぱなしで痛くなり始めていた。
けれど、気持ちは伝わらない。
もどかしくて泣き出しそうな気持ちを必死に押さえ込みながら、いつもの自分に戻ろうとして、清麿は大きく息を吸った。けれど、喉は細かく震えて上手く呼吸が出来ない。
必死で暴れ出そうとするものを全て制して、清麿はもう一度、伝えた。
「俺は…………こんな、こんな本の為に……あんたに……
あんたに……付き合ったんじゃ……ない……!」
誤解されたくない。
算段があって、自分は冗談に付き合っていたのではないのだ。
今目の前にいる人を、嫌っていることなんて、これっぽっちもないのである。
それを知って欲しかったのに、いつもと同じようにそれ以上に言葉は出てこない。伝えたい時に限って自分の気持ちは言葉になってくれなかった。
もどかしくてたまらない。伝えたいのに、伝わらない。
思わず顔を伏せた清麿を暫し博士はどこか驚いたような表情を浮かべ見つめていたが……
やがて、優しく微笑むと、清麿の顎をすいと指で掬い上げた。
「…………」
「清麿、申し訳ない。……私は言葉を誤っていた様だね」
潤んだ瞳を返す清麿に、博士は帽子を取って応える。
光を含んで、一層その理知的な瞳は輝いた。
「……私はね、嬉しかったんだ」
「嬉しかった……?」
小さく返す清麿に、博士はゆっくりと頷く。深く刻まれた皺は笑みを深くしていて、その表情は何処か悲しそうにも見えた。
「そう。こんな老いぼれにむきになって怒って、食って掛かって、泣いてくれる。…………私には、それがたまらなく嬉しかったんだよ」
顎を捉えていた手が、輪郭を辿って頬に辿り着く。
優しく包むその手の暖かさを感じながら、清麿は目を細めた。
「本気で私を思ってくれる君がいてくれることが、いつやって来ても私を見てくれる君が、本当に愛おしかったんだ」
最後の吐息のような言葉に、心臓が一際大きく脈打つ。
しかしそれを形容する事など出来るわけもなく、清麿はただ相手の独白を聞いていた。博士も清麿の目を真っ直ぐに見つめながら、続ける。
「だから、ついつい悪戯が度を過ぎてしまったりしてね……申し訳ない。けれどそれほど清麿、君に構って欲しかったんだということは解って欲しい」
苦笑しながら謝る相手に、釣られて顔が苦笑に歪む。
清麿のその頬を優しく撫でて、博士は「困った」とでも言うように首を傾げた。
「面倒な老いぼれを構ってくれるから、どんどん私は嬉しくなっていった。だから、この幸せな日々を失くしたくなくて、焦っていたのかもしれない。」
「……だから……本を?」
呟いた清麿に、博士は苦笑を薄くして己に呆れたかのように頷いた。
「我ながら愚かだと思うよ。人の心を繋ぎ留める為に、物を使おうだなんてね。……けれど、清麿。解って欲しい。……私は決して、君が物を求めているように見えたからそれを贈ったんじゃあないんだ」
頬を撫でていた手が、ゆっくりと移動して清麿の髪を優しく掻き上げる。
胸を焦がすようなその瞳と手に、清麿の心は大いに揺れていた。何故かなんて解らない。解っていたとしても、言う事などできなかった。
「博、士……」
「私は……君を愛しているから、君の心を引き止めておきたかった。だから……それを、贈ったんだよ、清麿」
囁かれるように告げられた言葉に、時が止まった気がした。
けれど激しく脈打つ鼓動に時が流れているのだと知らされて、現実に引き戻される。
脳裏を流れていこうとしたその言葉をもう一度噛締めるように理解して、ようやく清麿は息を呑んだ。顔が温度計のように急激に真っ赤になっていく。自制しようとしたが、もう自制できるような状態ではなかった。
「な、ナゾナゾ、はか、せ……」
ぱくぱくと口を動かしながら苦労して相手の名を呼んでみるが、何の解決にもならない。
どうしたらいいのか解らず今更混乱し始めた清麿に、ナゾナゾ博士はすべて心得ているとでもいうように、いつもの笑顔で清麿の髪を梳いていた手をまた頬へと戻した。どこかいつもより嬉しそうなのは気のせいだろうか。
「清麿、愛しているよ」
「あ、う……あ、その……」
言葉が考えられなくて無意味な喘ぎを続ける清麿に、博士は畳み掛ける。
「迷惑だったかな?」
「い、いや……えと」
「やはり、こんな老いぼれに告白されても困るだけか……」
言いながら、解り易過ぎるほどにしょんぼりしてしまう相手に、清麿は思わず首を横に振った。
いつもならきっと無視しているだろうに、今は何故かその選択肢が出てこない。ただ、相手に悲しい顔をして欲しくなくて、清麿は無意識に叫んでいた。
「そ、そんなこと誰も言ってねぇだろ!」
「清麿……」
嬉しそうに顔を上げた相手に「しまった」と思っても、もう後には退けない。
混乱に乗じてか、今度は煩いくらいに言葉が溢れてきて清麿は何から言ったらいいのか迷っていた。こんなこと初めてだ。けれどその言葉達はどれも同じ意味を指していて、結局は全て同じ思いに繋がっていた。
言うべきか、言わざるべきか。
迷ったが、ここで言わなかったら一生言えない気がして――清麿は、意を決して相手を見据えた。
「その……その、俺は…………」
何の言葉が出てくるのか解っているように、ナゾナゾ博士は嬉しそうに次の台詞を待っている。
頭がオーバーヒートしそうだったが、それでも伝えたくて、清麿は一気に言い切った。

「俺は、あんたが嫌いだったら……こんなお茶酌みなんてしてない!!」

清麿の一世一代の気持ちをこめたその台詞に、博士は目を向いたままで固まる。
一瞬清麿も驚いたが、やがて、博士は我を取り戻したのか思い切り笑い始めた。
「はっはっは、はぁーっはっはっは! ぶ、ブフフーッ!」
「ちょっ、何笑ってんだよ!!」
人の一生懸命な言葉を笑うとは失礼極まりない。
顔を赤くしたまま思わずナゾナゾ博士に突っかかる清麿に、博士は落ち着いてと手を出して制した。だがまだ笑っている。
「い、いや、すまない、本当に申し訳ないっ、ブフッ……いや、そうじゃないんだ。その、実に……面白い例えをされたもんだから、何だかおかしくなってしまってねブフーッ!」
「ぐおおぉお、ぉ、おおお、おお……」
そう言いながらまた噴出す相手に、何だか恥しすぎて涙が出てくる。
出来るものなら数秒前の自分の発言を取り消したかったが、それが出来るはずもなく。
歯をギリギリと鳴らして恥しさを噛み殺している清麿に、ようやく笑いが収まった博士は苦笑しながら空涙を拭った。泣くまで笑ったとは本当に失礼な博士である。
「いやいや……しかし清麿、いいのかね」
「は?」
急に真面目ぶった声に変わった相手に、素っ頓狂な声が出る。
驚く清麿を先ほどとは打って変わった真剣な顔で見据えながら、博士はゆっくりと問いかけた。
「老いさらばえた私で、構わないのかい?」
酷く端的で、しかし幾つ物思いが込められた言葉。
相手の変化に戸惑ったものの、清麿は息を整えて平静を保つと、ただ静かに頷いた。
それがどんな言葉より強い、肯定の示し方だと、知っていたから。
「そうか……ありがとう」
「っ……!」
感謝の言葉と共に、腕を取られて引っ張られる。本を片手で持った不安定な状態だった体は簡単にそちらへ倒れ、気付けば清麿は博士の腕の中へと収まっていた。
冷静になったはずだったのに、また顔に熱が上がってくる。
「清麿、私は幸せ者だ」
自分を包む、どこか懐かしくて清潔な香りに心が鎮まる。恥ずかしい筈なのに、暴れ出したくならない。だが顔は火照っていく。不思議な感覚だった。
「……幸せって、何が」
「こうして、暖かい日差しの中で愛しい恋人といられることさ。これほど幸せなことがあると思うかい? 清麿」
そうして抱きすくめられて、何もいえなくなる。抵抗のつもりで鼻を鳴らしたが、抵抗になっていないことなど清麿本人が一番解っていた。解っていたが、性格上そうでもしてないと素直にこの状況を受け入れられなかったのだ。
それを解っているのか、博士は静かに笑って清麿を深く抱きこむ。
「ところで清麿、その本の中身なんだがね」
「え?」
「聞いた話によると、頁が多すぎて乱丁がたまにあるらしいんだよ」
「そうなのか?」
少しだけ顔を動かして振り向くと、博士は鷹揚に頷いた。
「何しろ今時珍しい活版印刷だからね」
「そっか……一応調べてみようかな……」
折角貰った本なのに、乱丁があるなんて少し残念な気がする。後で読むときに困らないように把握しておいた方がいいかもしれないと思い、清麿は本をテーブルの上に乗せた。
重い表紙を抓んで、開く。
後ろで生唾を飲んだ音がしたような気がする、と思った刹那。


本から、ビッグボインの人形が飛び出してきた


「…………………………え?」
これはなんだろうか。または、なんだろうかこれは。
よく理解出来ないが、本を開いたらいきなりビッグボインが出てきた。見事な作りのビッグボインの人形が勢いよく飛び出してきたのである。
一瞬意識が飛んでいった清麿だったが、本の中身が刳り貫かれていて、人形がばね仕掛けになっているのを見てようやく状況を理解した。
そうか、これはビックリ箱だ。
ぎこちなくこれをくれた贈り主に首を動かすと、贈り主は真剣な顔をして……



「ウ・ソ☆」



あの人を小馬鹿にしたような顔で、盛大な噴出した。
「ブフフファー!! やはり清麿、君は最高だ!」
言いながら、笑いが止まらないのか狂ったように笑い続ける博士に、清麿はふつふつと煮えたぎる何かを感じた。瞬間、心の中の何かの糸が、いっせいにぶち切れる。
もう清麿を止められるものはなかった。
「じゃかあしゃ――――!! 今度こそただじゃおかねぇええええええ!!」
華麗なアッパーが博士の顎にヒットしたと同時、清麿はひらりと着地して博士に跳びかかった。
「ゴハッ、エゲブッ! き、清麿、君は恋人に何をゴブッ……」
「うるせえええええええ」
「愛しているのは嘘だったのかいぃいい!?」
「関係ねぇええええええ!!」
「あ、愛が痛いよ清麿!」
「今度は恋人だろうが何だろうが容赦しねぇからなぁあああああ!!」
「ギィヤァアアァアアアア!!」








この後、流石にやり過ぎたと思ったのか、ナゾナゾ博士は慌てた清麿によってミイラ男にされてしまうのだが


しかし何故か博士は嬉しそうだったという。






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