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それは知る事も無かった、彼の国の遥か遠い歌。



壁と壁の間に、小さな庭があった。
その庭は王も知らず、誰も立ち寄ることは無い。召使えでさえも近付く事の無いその場所に、ただ一人、座り込んでいるものが居た。
「おい」
呼びかけて返ってくるのは、微笑み。
いつもと変わらないその表情に、口が知らずに笑みを刻んだ。
石の無機質な囲いに閉ざされたその庭に座る王佐は、何処か異質な、それでもその風景にはまっているような錯覚を受けた。
さながら堕ちた聖者か、全てを慈しむ賢者か。儀礼服のせいか、その例えは妙にしっくりとしていた。
「王はどうした」
今頃探しているのではないか、と言えば、清麿は笑んだその目を細くして口を開いた。
「今は静養中。後半日は起きない」
それで静かだったのかと、納得した。
我が弟である魔王は、己の魔力の安定と今まで背負った窮愁の解放の為に、眠りに付く。
魔界のあらゆる比重を司る魔王にとって、それは無くてはならない事だった。
納得して、相手に近付く。
淡白な音を立てる雑草を踏み、ここは誰も手入れをしていないのだと思う。感傷など湧かなかったが。
「それでお前は”また”ここに居る訳か」
後二歩ほどでもうぴったりと寄り添う距離。
清麿は振り返ったその体を元に戻し、自分の座った場所に咲いている花を撫でた。
そう言えばこの庭には、名も無い小さな花が、群生してる。
それこそ、この城の外の世界のように。
「いちゃ悪いか?」
「いや。だが入り浸るのは関心せんな。俺に仕事を押し付けるな」
思ったままを口にすると、相手は苦笑した。
声は無い。けれども肩の震えで、そうなのだと感じた。
「じゃあ、今度はお前に断ってからにするよ。……だから、もうちょっと居ていいか?」
「嫌に食い下がるな」
いつもなら、わかったと一つ返事で立ち上がるのに。
何度となく繰り返してきたその問答の変化に驚きながらも、振り向かない清麿に視線を注いだ。
「……ちょっとな」
「ガッシュが心配なのか」
当たり前だろうがな、と思いつつあえて訊いた。が、答えは予想と反する物だった。
「違う」
清麿はこちらに背を向けたまま、淡々と、何の感情も無いように、思いでも語るかのように声を発した。
「……歌を、思い出したんだ」
「歌?」
訊くと、身体がこちらを向く。
小さく開かれた口が、歌ってくれるのだと示していた。

そして紡がれた旋律は、聞いた事も無い、独特の音律と韻を踏んだ歌。

魔界には無い、旋律。
しかし不快ではなく、その静かな声と相まって、歌は心地良く体に染みていった。
「……それは、何の歌だ?」
音を紡ぐ事を止めた彼に問う。
「日本の歌。」
そういったっきり、清麿は何も言わなくなった。
「帰りたいのか」
一番初めに思いついたその言葉を放てば、否定が返る。
ではなんなのだろうか、と考えようとして、彼の言葉に中断された。
「……自分でも、よくは解らないんだ。」
「?」
そう呟く清麿の目には、何かを思う瞳。
潤んだそれが何を示すのかなど、解り様もなかった。
「帰りたい訳でもない。でも、捨てたわけじゃないんだ。夢に見るのはいつだって元の世界。見慣れた町があって、見慣れた人が居て、見慣れた全てがあった、俺の世界」
「………」
「でも、望郷の念なんて湧かないんだ。帰りたいと言う気持ちも起きない。」
清麿はここでは無い、何処か遠くを見るような目で自分を見て、それから足元の小さな青い花にそっと触れた。
「良く解らなくて。気が付けば、いつもここに居る。ただずっと、座って、夜になるまでこの庭で過ごしてるんだ」
微笑むその顔は、何処か儚げで、
狂っていて。
「……帰るぞ」
気付かない振りをして、その言葉にあえて答えずに、手を差し出した。
清麿は暫しその手に目を瞬かせていたが、無邪気な笑顔を表わして、その手を取った。
「いつも探しに来てくれるよな、ゼオン」
「……煩い」
その笑顔に、心が冷えて身の内が熱で焼かれた。
冷えた手を握る己の手が、熱い。
けれどもその熱を肯定する事など出来ず、ただ清麿の手を取って、歩き出した。


(……コイツは、感情が消えて行ってるらしいな)


無理も無い話だった。
千年以上生きる魔物でもない彼が、長い時間に耐えられる筈が無い。何かしらの変調をきたし、狂っていく事は解っていた。
(最後に己の故郷を思って、この庭へ訪れていた訳か)
狭く閉鎖的な所へ来るのは、それを暗に表わしている。新しい事の入らない場所で、消えいく感情を記憶で呼び覚まそうとしていたのだろう。
でも、もう遅い。
「清麿。明日、ガッシュが死んだらどうする」
「……葬式をしなきゃな。その前に計画を組んで、混乱が起きないようにして、それから」
ほら、既に「大事な物」を忘れている。
相手の手を、知らずの内に強く握り締めていた。
(……もう、何も感じなくなっちまうんだろうな)
向けられた笑顔は、無邪気そのもの。
当然だった。
感情が伴っていない笑顔だったのだから。
大人びたあの微笑は、既に消えていた。
もう思い出すことしか出来ない。
「なあ、ゼオン」
「なんだ」
少しばかり遅れて歩く彼は、少しだけ不思議そうに言った。
「どうして俺があの庭に行くと、ゼオンは必ず来てくれるんだ?」
「……お前が居ないと、何も始まらん」
嘘偽りの無い言葉。
少なくとも己にとっては、そう言う事でしかなかった。
……それを聞いて、清麿は、嬉しそうにこう返した。
「そっか。……俺さ、なんでだろ。あそこに居て、お前が来ると、笑いたくなるんだ。良く解らないけど、自然とそうなる。なんでだろうな。今の言葉を聞いても、笑うことしか出来なくなるんだ」

振り返ったその顔は、
言いようも無く、美しい微笑で。

「……なら、また迎えに着てやる」
「うん」
繋いだ手を、離したくない無いと思った。
たとえ、それが彼にとって、なんの感情も湧かない行為だとしても。
(俺だけを待っててくれれば、それでいい)
感情が消えてもいい。
自分をあの庭で待ってさえいてくれれば。
清麿が自分だけを、待っていてくれれば。

(……俺は、それだけで、いい)



それが人間の末路だと知っていたから。
決して幸せになれはしない結末だと、解っていたから。



(あの歌は、もう聴けないだろうな)



ただ一度だけの彼の歌。
その歌は、日本語で「悲しみ」を叫んだ歌だった。











(2006/12/06)
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