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サイトでの小話の収納場所です。企画と平行してUPしていきます。
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光も射さない場所へ。




「……今日は、初春を告げる花が咲いたのだ。薄桃色でのう、桜によく似ておったよ」
白く浮かび上がる石柱は幾重にも並び、群青に染められたその冷たい部屋を支える。
朽ちた聖堂にも似たそこは、壁の隙間から差し込む仄かな光によって、辛うじて表わされていた。
「モチノキでも、丁度今が春なのだ。あの日に歩いたあの桜並木は、今満開なのかのう」
優しく語り掛けるその人物は、差し込む光によってではなく、己の内その物から生む光に照らされているかのように、茫洋とした場所にはっきりと存在していた。
語りかけるのは、部屋の中央に一つだけ置かれた、透明な石棺。
材質その物は石であるのに、それは青いガラスのように澄んだ色をしている。欠けた場所ははっきりと「石」だと言っているのに、とても不思議な物だった。
石棺には、幾重にも蔦が巻きついており、かなりの時間そこにあったのだと示している。
「……永い、永い時だのう。」
金糸の様なその髪をさらりと揺らし、彼は棺を覗き込んだ。
――そこには、少年が眠っていた。
漆黒の髪は色褪せる事無く、体躯はいつか見た時のまま。結ばれた口を目蓋は、昔に垣間見た寝顔。
自分が愛した少年、そのままだった。
彼を見ることが出来るその部分だけ、蔦が消えているのは、誰でも無い彼の「力」で。
今はもう触れる事の出来ないその体に、彼は棺越しに手を置いた。
「時は、また回った。相変わらず人間界は同じ事をして居るよ。変わりない。お主の町も人こそ代われど、その姿は一度たりとも失われては居らぬ」
語りかける顔には、ただただ微笑。
仄かに射す光が照らす少年の顔は、とても安らかだった。
「……」
その顔を見て、彼は口を噤む。
彼の顔には、言い知れぬ悲しみが表れていた。
透明な壁ごしに、その唇をなぞる。
伝わるのは、硬く冷たい石の感触で。


思わず、目が熱くなった。


「………もう、随分経ったぞ。清麿」
呼ぶのは、一度たりとも忘れた事の無い彼の名前。
無理に笑おうとするが、他者から見ればその顔は、悲愴以外の何物でもなかった。
「また、何度目か解らぬ季節が来たのだぞ」
詰まったような声音は、何かを堪えていることを表わしていた。
「もう、目覚めぬのか?朝は何千回と巡ったのだぞ?ほら、こうして、また太陽が昇っておる」
差し込む光は少年の顔に影を落とし、己の暖かさを知らしめる。
けれども少年にそれが解る筈もなく。
「どうすれば、目を覚ましてくれるのかの……どうすれば、どうすれば……」
子供のように何度も呟いて、顔を歪める。
笑おうとしている顔は、既に悲しさだけを湛えて。
肩は、情け無いくらいに細かく震えていた。
「どうすれば……この姿を、見せられるのだ……?」
触れたいのは、その肌。
けれどもそれは棺に阻まれて。
「っ……」
ただただ、その冷ややかな厳しさに、彼は涙を零すしかなかった。


魔王になる為にと聞かされた絶対条件は、とても信じられない事だった。
まさか、そんな事をするなんて思わなかった。
まさか
清麿を幽閉し
魂を永久的に城に縛りつけなければいけなかったなんて。

だが清麿は己の意思で、それを決めた。
止める彼を諭し、自ら贄となった。
「優しい王になりたい」という
ガッシュの、彼の願いを、叶える為に。


「私は、王になったぞ?清麿の望む、私の望んだ、誰をも守り包む、魔王に成ったのだぞ……?」
雫は棺に幾重にもかかり、流れていく。
泣き笑いの表情は、幼い頃の彼その物だった。
けれども、その顔を笑い、頭を撫でてくれた少年は、今はもう目を覚ますことはなく。
「見て欲しいのだ……清麿……私は、お主に見て欲しかったのだ……共にいたお主に、一番見て欲しかったのだ……」
浮ぶのは、もう見ることは出来ない笑顔。泣き顔。怒り顔。
全てが愛しくて。全てが大好きで。
あんなに、自分に笑ってくれたのに。
「清麿……清麿……」
自分が王である限り、少年は目を覚まさない。
もしかすると、一生その笑顔は見る事が出来ないかもしれない。
頭を撫でてくれた少年は、もう自分を撫でてはくれないかもしれない。
「私は……お主に目を覚まして欲しい……」
けれども、目を覚ましたとて、少年にはもうこの世界以外帰る場所は無い。
この世界から逃げることも、死ぬことさえも許されない。
きっと、耐えられないだろう。
そう。少年が悲しむくらいなら……


「清麿……」
拭った涙の雫を少しばつが悪そうに見て、彼は寂しそうな微笑を浮かべた。
「……私は民が求め続ける限り、『優しい王様』でありつづける。」
それが、少年が望んだ姿だから。
少年が望んで、自らの命を託した事だから。
「だから、もしこの命が尽きた時は」
眠るその顔に、彼はそっと口付けをした。
……冷たく遮る、棺越しに。
「お主と同じ、光も射さない場所へ……行くぞ」



そう
少年が見ている、目蓋の裏の暗い世界へ。







彼はその言葉だけを残して、
光の絶えない世界へと戻っていった。










(2006/12/10)
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