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「何で…お前は俺を殺さないんだ?」


中天に昇る月光が、陽光のように森を照らす。しかしその光は優しく、決して影と光を分けるような物ではない。
その光を浴びながら、太い枝に獣座りをして異形は問いかけた。
見下ろすのは、樹の幹に背をもたれさせた男。異形よりも一回り体格が良く、法衣を着ている。しかしその者は剃髪しておらず、稀有な黄金の髪をなびかせていた。
破戒僧だな、と異形は思い、また満月を見る。
しかし彼も異形というだけあり、やはり普通の人間とは違っていた。
烏羽玉のような美しい髪、少年らしいあどけない顔立ち。頼りない体躯。しかし彼の耳は人間のソレではなく、まるで山猫で。そして、臀部からは長い尾も生えていた。
頬には文様が浮かぶその姿は、確かに人間と一線を画している。
そんな彼を見て、男はさも当たり前のように返した。
「決まっておろう。清麿は普通の妖怪なのだ。祓う必要はどこにもなかろう?」
そういって、傍らにある錫杖を取ろうともしない。そんな相手一瞥し溜息を吐き、清麿はまた満月を見上げた。
「妖怪にいいも悪いもないだろ。お前らにとっては」
耳を機嫌悪そうにぴくりと動かして、嫌そうな声でワザと言う。そんな態度なのに、相手は依然としてその姿勢を変えようとはしなかった。そのまま顔を上げて、清麿を見つめてくる。
「まあ、そうだのう。けれども私は、そうは思わぬ。だから、お主とはこんな仲でいたいと思っているだけなのだ」
ちらりと目を動かしたその先にある、美しい瞳。輝く髪。
掛け値なしに微笑むその顔に、何故か尻尾が嬉しそうにぱたりと揺れた。
けれど、認めたくなくて。
「ふん……そうやって、俺に寝首をかかれなきゃいいがな」
不機嫌な感情を必死に引き出して、清麿はそっぽを向いた。
「お主にかかれるなら、それも本望なのだ」
苦笑する相手が、憎らしい。
「……」
けれど、決して、いつものように殺したいとも思わなければ、喰らいたいとも思わない。
ただそこにいるだけで、何かが満たされていた。
でも、それが殊更憎らしくて。
(なんで、この俺が人間なんかに……)

自分は、何百年もこの森と共に生きてきた妖怪。人間から森を守り、妖怪を守り、人間を獲物として喰らってきた。
言わば、人間は敵であり……「えもの」。
なのに。
なのに自分は、今……。

「清麿」
呼ばれて、つい振り返ってしまう。
尾が、揺れてしまう。
逸早く答えるように、心臓が早くなってしまう。
こんなこと、今まで、なかった。
「……なんだよ」
月光に照らされる顔を見られまいと、相手から顔を背ける。耳はばれやしまいかと、小さく震えていた。
そんな姿を見て相手は微苦笑して、続けた。
「こちらに来て……名を、呼んで欲しいのだ」
「なんで」
「私は清麿にこそ、私の名を呼んで、近付いて、抱き締めさせて欲しいのだ」
だから、来て欲しいのだ。
そんな風にねだる男。
姿は立派なのに、言う事はまるで幼児で。
清麿は笑いたいのか顔を歪めたいのか、もぞもぞと口と眉を動かしたが……諦めて、大きく溜息を吐いた。
「清麿」
呼ぶ、寂を混じらせた美しい声。
これも術の一つかと勝手に決め付けて、清麿は流麗な仕草で地面へ降り立った。
そして、相手の下へ近付いてやる。
体を跨いで、顔を近づけて、それから、少しだけ無意識に顔を赤らめて…口を開いた。
「ガッシュ」
知らずに胸元を掴んだ華奢な手が、震える。
ガッシュと呼ばれた男は、美しい微笑を披露して、清麿を丸ごと抱きとめた。
「清麿……私は、妖怪だろうと人間だろうと関係ない。お主だからこそ……こうして触れていたいと思うのだ」
耳元で囁かれて、唇が落ちるのは頬。
優しいその感触に酔って、清麿は陶然と目を細めた。
「……ガッシュ」
ただ、呼ぶ事しか出来なくて。
「やはり、私は清麿に名を呼ばれるのが一番好きだのう」

髪に優しく触れるその手も、大好きで。
でも、認めたくなくて。
認められなくて。
認めたら、森を裏切ってしまいそうで。
だから、己のこの、不可解な気持ちを
認めることは、出来なくて。

「……今度来たら、今度こそ負かして、喰らってやる……」
炎の如き赤い瞳が、ギッとガッシュを見据える。
――けれども相手には通じなくて。
「それもいいが、二度と会えなくなるのは嫌だのう。……今度も負けぬようにしよう」
微笑を浮かべる人間と、どこか拗ねたような苦い顔をする妖怪の顔が互いに近付き、どちらからともつかず、合わさる。
長いときを望むかのようなその二人の口付けは、決して、憎みあう者同士の交わりではなかった。




けれども、
決して、憎まずにいることはできなかった。






もし、そう思う事をやめてしまえば
きっと
自分は森の主では、なくなってしまうから。








(2006/12/27)
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