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サイトでの小話の収納場所です。企画と平行してUPしていきます。
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最近、よく通う場所がある。



「のり弁くださーいなのだ」
扉もなく、客との距離をとるのはカウンターだけという、典型的な街の弁当屋。そのカウンターに肘を乗せながら、ガッシュはにこにこと笑い注文した。
声に呼ばれ、奥から人が出てくる。
調理場が騒がしい。たぶん、今からの時間に備えて弁当を補充しているのだろう。肉の焼ける香ばしくいい匂いに鼻を動かしながら、それよりも嬉しいその人物の登場を待った。
「いらっしゃ…って、また来たのかあんた」
出てきたのは、頭を水色のバンダナで隠して、冬だと言うのに腕をまくった嫌に生活感に満ちた少年。
店のロゴの入ったオレンジのエプロンをつけて、ガッシュを物珍しげに見ている。
「ここが一番安いからのう」
笑顔のままでそう言えば、少年ははにかんだ笑みを返した。店が褒められたのが嬉しかったらしい。
いつもの営業スマイルでは無いその笑みに満足しながら、ガッシュはもう一度注文を繰り返した。
「またのり弁か?……そりゃ、うちの奴でもいっちばん安いけどさ…他に頼もうとかおもわねぇの?」
奥に注文を伝え終り、ガッシュに問う少年。
ガッシュは困ったような、自嘲するようなだらしの無い顔になると、がっくりと肩を落とした。
「いや……その、ぼらんてあと言うもので、お金の無い人を助けてたら……」
正直に言うと、少年は見るからにいやそうな顔をして、口をあんぐりと開けていた。
「お前……バカだろ!?今時苦学生がすることか!?」
「う…ウヌゥ……」
肩を竦めるガッシュを見て、少年は客に対する態度ではない、大きな溜息を披露した。
「……なんつーか…お人好しにも程があるぞ、お前……」
乱暴な口調だが、これはガッシュにしか使わない。都合よく言ってしまえば、少年は只今の時点で、自分にしかこの口調で喋っていないのだ。
人気の有る看板息子の素の姿を、自分一人だけが知っている。
ガッシュにとっては、財布が寒い悲しみを軽く凌駕してしまう喜びだった。
いつの間にか緩んでいた頬を発見してしまったのか、少年は眉を顰めるとレジを打つ。
「まあ、何だその…アンタ」
「ガッシュなのだ」
「……ガッシュ」
通いつめて早数十回。ようやく、名前を言うタイミングを掴んだ。苦もなく口から滑った言葉に心がガッツポーズをする。少年もその流れに押されたのか、少しだけ遠慮がちな声でガッシュの名を呼んだ。
(やっ……やったのだぁあああ!!)
「で…あのな、ガッシュ、もうちょっと人っつーもんを学べよ。あんた近くの大学の交換留学生なんだろ?そんな奴らのせいで日本が悪く言われちゃたまらないからな」
「ウヌ?日本は良い国ではないか。」
この分だと、相手の名前も訊けるだろうか。
流れは、思ったより速くて自分に傾いている。思った通りに事を運んでいた。
ガッシュは内心緊張で震えながら、何事も無く言葉を紡いだ。
「この国は綺麗だし、食べ物も美味しいのだ!それに……えー……お主の名は?」
ワザと早口で、名を問う。
すると。
「……清麿」
返って来た。
ガッシュは初めて聞いた相手の名前に深く感動しながら、それを覚られまいと話を続けた。
勿論、ちょっとしたアピールも忘れてはいない。
「それにのう、清麿。私は……この国で、清麿に逢えたのだから」
だから、日本は良い国だ。
何の疑いもなく言い切ってしまえば、清麿の顔に浮かぶのは驚いた表情。
暫し厨房の音が続いて……清麿の顔は、柔らかな苦笑に変わった。
「お前っ……そりゃ、女に言う台詞だっつーの!」
口に拳を当てて笑う様は、とても愛らしくて。愛しくて。
何度目か解らない甘くて暖かい気持ちを、ガッシュは感じていた。

初めて会った時から、心惹かれていて。
沢山に人に笑顔を振り撒き、辛さを見せず、あかぎれを起したり、時には絆創膏の貼ってある手で店を一生懸命手伝っている姿。
その目が、どんな弁当を買おうか迷っている自分に向いて、解り易いように、英語で説明してくれた、その時の笑顔と優しさ。
それで、もっと好きになって。

いまじゃ、
愛おしくて堪らない。

(話せるだけで、幸せなのだ。今だってこんなに近くなれているのが、不思議なくらいだのう)
カウンターが邪魔するその距離は、果てしなく遠い物に思える。けれども、心はどんどん近付いていて。清麿が笑うたび、壁が無くなっていくのが解ってきて。
なんて、幸せなことだろうと思う。
「……ちょっと待ってろよ」
「ウ、ウヌ?」
ガッシュが幸せに浸っている途中で笑いが醒めたのか、清麿はガッシュを強引に現実へ引き戻すと、厨房へと入っていった。
あまりに突然の事で、ガッシュは暫し言葉もなくその行動を見守るしかない。やがて、厨房から何か話し声が聞こえる。
多分店長である母親と話しているのだろうが、残念ながらその会話を聞き取る事は出来なかった。
そして、足音がこちらへ向かってくる。
「清麿」
少しだけ緊張して呼んでみると、相手は少しだけ笑った。
「ホラ、のり弁。200円な」
質素な弁当を温かみの有る色のビニールに丁寧に入れて、清麿はこちらへ差し出した。
慌ててお金を払い、大いに心の中でガッカリする。
これで、楽しい時間も終わりか。
そう思うと、とても切なかった。
「はい、これで200円なのだ」
十円混じりの代金を清麿に渡し、ガッシュは情けない笑顔で弁当を受け取った。
清麿はレジへ代金を入れ、コチラへ向き直る。

多分、言うのは「ありがとうござました」だ。

解っていても、自分はただの客に過ぎないのだと言われているようで、悲しくなる。
やはり、望んだ展開には進まないのだろうか。
自分の財布のように質素なのり弁を食べる己を思い浮かべて、何だか負け犬になった気がした。
しかし、
清麿の言葉は、予想を裏切った。

「……その……」
「……ウヌゥ?」
ハッキリしない、少しだけ口を尖らせた清麿の声。いつもと違う展開に、ガッシュは思わず驚いて清麿の顔を見た。
その顔は……少しだけ、頬を赤らめて、何か気恥ずかしそうな、可愛らしい表情で。
「……あ、あのな!言っておくが、一度だけだからな!」
「?」
何が何だか解らない。
可愛らしい顔は大いに結構だが、なにが一度のみなのか、ガッシュには理解できなかった。思わず頭上に疑問符を浮かべたような顔になると、清麿は顔を赤くしたまま、そっぽを向いた。
どうやら、恥しくてたまらないらしい。
「その……つまりだな!お前が…あんまり哀れなんで……その……オマケしてやった!ありがたく喰えよ!!いーか、一回だけだからな、二度あると思うなよ!今度はきちんと金の管理して違うの買いやがれッ!」
そういうと、そっぽを向いたまま、口を閉じてしまった。

(ああ、やっぱり、私は幸せ者だのう)
ガッシュは最高の笑顔で微笑んで、清麿に今自分が言葉で表わせる、最高の気持ちをこめたお礼を言った。
「清麿……ありがとうなのだ!私は、清麿の事が大好きだぞ!」
「だから女に言えっての!ほら、もうすぐ客の波が来んだよ!!さっさと帰れ!」
照れていても、きちんと気持ちを受け取ってくれているのが解る。
ガッシュは嬉しくて、少しだけ膨らんだその弁当を抱えた。
「じゃあ、また、明日なのだ!」
言うと、
「…………ああ」
拗ねたような、声。
ガッシュはその言葉に頷いて、元気に道を走り出したのだった。



因みに、のり弁にはから揚げが三個おまけされていましたとさ。









(2007/01/04)
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